ハンタウイルスに関する研究

ハンタウイルスは、齧歯類媒介性の人獣共通感染症の原因ウイルスとして重要であるばかりでなく、齧歯類と共進化し、宿主齧歯類にのみ不顕性に持続感染を成立させるなど、病態面からも大変に興味深いウイルスです。そこで、私たちの研究室では、人獣共通感染症対策としてのウイルス学的研究(診断法開発、疫学研究)および病態面からの特徴(持続感染メカニズム、種特異的病原性)をウイルスの構造と機能からの解析、という大きく二つの柱を設定して研究しています。しかし、大学院生の諸君には、in vitroでの精細な実験から、動物実験、疫学調査、国際協力までを一通り経験し、幅広い知識と経験を身につけてもらっています。

 

以下にそれぞれの研究プロジェクトを簡単に紹介したいと思います。

「ハンタウイルス感染症の疫学」

ハンタウイルス感染症は北欧・韓国・中国北部の腎症候性出血熱が報告されており、当初はどちらかといえば北方圏のウイルスといったイメージがありました。その後世界各地の港湾地区でウイルスを保有したドブネズミの存在が報告され、南北アメリカ大陸でHPS関連のハンタウイルスが報告されるなど「ネズミのいるところならどこにでもあるはずのウイルス」と認識が変わってきました。ハンタウイルスは齧歯類の進化とともに共進化しているとの考えが通説となり、現在はタイ・ベトナム・インド・インドネシアでヒトおよび齧歯類・食虫類について血清疫学・および分子疫学を進めています。また、ハンタウイルスを解析することで宿主齧歯類の区別や類縁関係を明らかにできるのではないかという観点から、ほ乳類学の専門の方との共同研究も進めています。

 

「ハンタウイルス感染症の診断法の開発」

単クローン抗体や患者血清を用いた詳細な抗原性の解析から、大腸菌で発現して使用できる交差反応性の強いハンタウイルス核蛋白の抗原部位を特定し、広範囲なハンタウイルス血清疫学に使用しています。さらに型特異的な立体構造・四次構造依存性のエピトープ(Yoshimatsu, J. Virol 2003)を再現する組換え抗原を作成し、通常のELISAによる血清型判別を可能にしました(Koma, J. Clin. Microbiol 2010, Araki, J. Clin. Microbiol 2001)。また、P2レベルの実験室でも実施可能な確認試験のために、中和試験の直接代替としてハンタウイルスの外被蛋白を外套したVSVシュードタイプウイルスによる中和試験も報告しています(Ogino, CDLI 2003)。また、多様な齧歯類の抗体検出に対応するため、多くの齧歯類の二次抗体の選定についても発表しています(Lee, Arch. Virol 2003)。これについても機会があるごとに範囲を拡大しています。このような研究は技術としては難しいものではありませんが、必要度は高く、予想以上にこの論文は引用されています。

 

「ハンタウイルスの齧歯類での病態・伝播」

ハンタウイルス感染自然宿主齧歯類は、特別な疾患はおこさず持続感染が成立します。この持続感染成立機構を、マウスを用いて人工的な持続感染モデルを作製し解析を進めています(Ebihara, J. Virol 2000)。我々の開発した持続感染モデルは新生児期に致死量以下のウイルスを接種する(ArakiJVirol2003)、あるいはSCIDマウスに感染後に時期を見て脾細胞を移入するという方法で作成します(ArakiVirology2004)。その結果、持続感染状態のマウスではCTLが抑制されているが、その後、120日ほどするとCTLが徐々に回復しそれに伴ってウイルスが排除される(持続感染が終了する)ことがわかりました(ArakiVirology2004)。野生齧歯類のcatch and releaseの解析でも数ヶ月の持続感染後にウイルスが排除されているとの報告もあり、おそらくはウイルスが齧歯類と共存するためにこのような免疫抑制のメカニズムが齧歯類進化とともに選択されてきたのでしょう。現在はCTLエピトープを決定し(2004ウイルス学会発表)、抑制から回復に至る過程の解析を進めています。ヒトではハンタウイルスは出血熱を引き起こしますが、マウスモデルでの免疫抑制メカニズムとの比較からヒトの発症メカニズムの解明、ひいては治療法の開発につながることを期待しています。

 

「ウイルスの構造・機能」

ハンタウイルスのエンベロープ蛋白(G1G2あるいはGnGcと呼ばれる糖タンパク)の構造と機能をバキュロウイルス発現蛋白(Ogino, J.Virol. 2005)VSV pseudotype (Lee, Vaccine 2006)を用いて、中和活性エピトープの高次構造を解析し、効果的なワクチン開発へ向けての基礎研究を続けています。また核蛋白についても、その診断抗原としての重要性から、先ず抗原構造を明らかにしてきました(Yoshimatsu J. Gen. Virol. 1996)。その後、単クローン抗体を用いた解析とYeast Two-hybrid法を用いて多量体形成に重要な部位を明らかにしました(Yoshimatsu J. Virol. 2003)。次に核蛋白の細胞内での挙動を解明すべくYeast Two-hybridMammalian two-hybrid法を用いて核蛋白と相互作用する宿主蛋白の検索を行いました。その結果SUMO-1付加系の一群の分子と相互作用することが示されました(Lee Virus Res. 2003)。現在のところSUMO-1自体の機能が解明されているわけでは無いためにその解釈はたいへん難しいのですが、研究の展開にあわせて次のステップに進んでゆきたいと考えています。さらにはAntibody Array等も組み合わせて、ハンタウイルス構造蛋白と宿主蛋白との関わりを明らかにすることで、病態発現メカニズムを明らかにして行きたいと考えています。

 

おわりに

以上、私達の講座と研究の紹介をさせていただきました。近年、感染症の研究が話題になることが多いですが、当講座はハンタウイルスによる感染症(腎症候性出血熱や肺症候群)という、我が国では、若干マイナーな感染症ではありますが、ハンタウイルスの基礎ウイルス学から診断・疫学、国際経験までを一貫して行っているという点で特徴があると思います。微生物学のみならず感染症学までをはばひろく学べ、経験出来ると思います。小規模講座ですが、有意な若い諸君が興味を持ってくれることを願っています。

 

 

◎Research

To examine the mechanisms of pathogenisity of hantaviruses, following research projects are going on.

 

1. Structure and function of viral proteins

By using hantavirus authentic and recombinant N protein and envelope glycoproteins, structure and function are analyzed. Host cell factors related to establishment of infection are resent

subject of the research.

 

2. Development of animal models for HFRS, HPS, and natural host

We try to develop disease model (for patient) and persistent infection model (for natural host) by using laboratory mice. Using these models, we focused on cytotoxic T cell activities and

pathogenesis.

 

3. Epidemiological studies in Asian countries

Seroepidemiological and molecular epidemiological studies are carried out as collaboration with scientists in Thailand,

Indonesia, India, and Vietnam.

 

4. Development of diagnostic method

By using recombinant viral proteins, safe and rapid serotyping assay including a substitute for ordinary neutralization test are developed. Two systems have published. One is truncated N protein based ELISA system and another is envelope glycoprotein-based neutralization system of pseudotype virion.